JK徒然日記

2019年08月01日

スロベニア・ブレッド湖(Blejsko jezero)

スロベニアの午後は、ブレッド湖でまったり。
夏休みまっただ中ということもあり、ヨーロッパ中の旅行者がここで、思い思いのスタイルで過ごしていました。
肌を焼く人、泳ぐ人、本を読む人、ひたすらいちゃつく人など。。。。(笑

東洋人は珍しいのか、あまりみかけませんね。

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[ブレッド城]

ブレッド湖の中に小島があり、その教会まで、手漕ぎボートに乗って行きます。

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岸壁について、長い階段を上ると教会と尖塔があります。

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教会と尖塔の共通券で、尖塔の上まで上がることができます。

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この売店で売っているアイスが絶品。
かなりおすすめです。コンビネーション(2つの味の組み合わせ)で3EUR(ユーロ)です。

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前日まで1週間以上雷雨が続いていたそうで、今日は晴れていてとてもラッキーでした。
ブレッド城を後にします。

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近くの飛行場で、セスナ機先導で、グライダーを飛ばしていました。

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スロベニアとクロアチアの国境付近は絵になる風景が広がっていますね。
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スロベニアからクロアチアに入ります。
パスポートチェックがあります。

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posted by jouji117 at 14:22| 香川 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スロベニア・ポストイナ(Postojna)・BAR BOR

ポストイナの市街中心部で、ランチ。

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こちらのカルスト風ニョッキは小麦粉のみで作られるようです。

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七面鳥のソテーも美味しかったです。

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イタリアの影響を受けている国だからでしょうか。
デザートはティラミスでした。

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posted by jouji117 at 12:46| 香川 ☀| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スロベニア・ポストイナ鍾乳洞(Postojnska Jama)

今日は、クロアチア・オパティアから、スロベニアに入り、ポストイナ鍾乳洞を散策しました。
スロベニア入国時には、パスポートの提示が必要です。
EU共通のスタンプを押してもらえますが、陸路からの入国なので、飛行機マークではなく、車のマークです。
スロベニア入国!18か国目になります。
スロベニアは、サバ川の北側に位置し、10世紀頃からスロベニア人が住んでいます。
1918年までハプスブルク家の支配にあるなどドイツ系の支配が続いたちめ、他の旧ユーゴスラビアの各国とは異なりどこか西ヨーロッパの雰囲気があります。
ハプスブルク家支配時も、ユーゴスラビアになった後もスロベニア語は使えたため、民衆にあまり不満なく、10日間戦争をユーゴスラビア連邦軍と行い独立を勝ち取りました。
現在では、人口200万人、四国くらいの大きさで、90%がスロベニア人で構成されています。
そんなスロベニアですが、スロベニア西部は、イタリア・トリエステまで、カルスト地形が広がっています。
炭酸カルシウムが長い年月を経て、10万年で10m育つ鍾乳石や石筍など独特の地形を形成しました。
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[ポストイナ鍾乳洞入口]
ポストイナ鍾乳洞は、ルカチェチュにより発見されました。
5000〜6000の地下空洞があり、世界最大級の27kmの長さを誇り、全体の1/5が公開されています。
入口から2kmを1872年完成のトロッコで入り、残り1kmを歩きます。
このトロッコは1964年に複線化され輸送力が増しました。
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[トロッコ列車]
カルストとはドイツ語ですが、元々はスロベニア語のクラスから派生した言葉です。
この鍾乳洞の中にはプロテウス、またの名をホライモリと呼ばれる両生類が住んでいて80年の寿命があり、1年間何も食べなくても生きながらえるそうです。まさに、この鍾乳洞のシンボルですね。
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[ピサの斜塔]
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[ポストイナ鍾乳洞の最高傑作]
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[オルガンのような鍾乳石]
posted by jouji117 at 11:18| 香川 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月31日

クロアチア・オパティア(Opatija)・ホテルブリストル(Hotel Bristol)

今日の宿「ホテルブリストル」です。歴史あるたたずまい。
オパティアは、第3の都市リエカの近隣にあるイストラ半島の町です。

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ハプスブルク家のリゾート地だったため、古き建物が多く残されいます。

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[オパティアの街並み]

港にも出てみました。
絵になりますね!

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このホテルは格式があってよいのですが、近くで深夜まで重低音炸裂のクラブの音がうるさく、微妙。。。。
また、ホテルの夕食、朝食も種類が少なく、ちょっと。。。。。

翌朝もすっきり晴れていました。
いい行楽日和になりそうです。

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posted by jouji117 at 21:02| 香川 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クロアチア・トロギル(Torgir)

トロギルは、紀元前3c-2cに街ができました。元々はギリシャ人が植民地としたのが始まりです。
元々、旧市街は島ではなかったが防衛のため堀を作って島にしました。
東西500 南北300mの小さな島です。長崎の出島のようです。
ギリシャ語でトラガスと言い、街の名前の由来になっています。
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[トロギルへの入り口]


7世紀に起こったスラブ人のサロナの人々は、スプリットだけでなく、トロギルにも逃げ込みました。
聖ロブロ大聖堂は、ロマネスク、ゴシック様式が取り入れられ、48mの高さ、118段の階段があります。入場は25クーナ。

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[カメルレンゴの砦]
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[カメルレンゴの砦から見るトロギル旧市街]

まずはカメルレンゴの砦を上り、市内を一望した後、カメルレンゴの砦から、ドミニコ会修道院、南門を入って、聖ニコラ修道院、聖ロブロ大聖堂、市庁舎、時計塔を見て、北門を抜けました。

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[ドミニコ会修道院]
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[南門]
聖ロブロ大聖堂は、ロブロ、イタリア語で言うとロレンチォを祀っています。
キリスト教が迫害されていた頃、焼き網で焼かれて死刑となり殉教しました。
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[聖ロブロ大聖堂]
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[市庁舎]
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[時計塔]


聖ニコラ修道院では、カイロスというゼウス神を祀っています。

に髪があり後ろには髪が無く、前髪を掴むと幸運があるそうです。
ちょっと小腹が減ったので、ピザ屋で、ピザパンを食べました。
エビが多く入っていておいしいです。
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北門出て、本土側の近くにコンズム(KONZUM)と言う、クロアチアでは有名なスーパーがあるので水など買いました。

ビールと水がほぼ同じ値段。スーパーだと日本とほぼ同じ価格、観光地だと日本の物価の2〜3倍します。
350mlコーラだと旧市街で約300円くらい。
地元の果物などは安いです。
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[コンズムで売られている果物]
posted by jouji117 at 14:41| 香川 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クロアチア・スプリト(Split)

スプリットはクロアチア第二の都市で、人口約20万人。
スプリットはディオクレティアヌスの終の住処(宮殿)として建設されました。
この皇帝はテルマエロマエでも有名なお風呂好きな人です。
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[宮殿時代のスプリト]
西ローマ帝国で20年ほど皇帝を務め、セルビア、トルコ、エジプトあたりまでローマ帝国が領土を持ってい他、時代の皇帝です。
広大な領土を統治するため、4人に任せました。
ローマ帝国は3世紀くらいから軍人から皇帝を出すようになり、20人くらいの軍人が代わる代わる皇帝になりました。
ディオクレティアヌス帝は、元々は、解放奴隷の子供出身で、元老院で働いていました。
その後、書記官として出世し、軍団を率いてペルシア戦争で功績を出し、皇帝に上り詰めました。
この時期の皇帝は戦死するか暗殺される場合が多かったのですが、彼は305年で引退し、スプリットを作りました。
旧市街は世界遺産に指定され、1700年に現在の市街が完成さかました。
旧市街は、四つの門があり、17世紀にニックネームが付けられて、それぞれ金、銀、青銅、鉄の門と名付けられています。
北地区は兵士などの宿舎になっていました。
また、17世紀から18世紀にかけて、城壁部分の二階に住居が作られました。
4世紀に、サロナ(Salona)では最盛期を迎え6万人がくらしていました。
スプリットから北に8km離れたところにありました。
現在はソリン(Solin)と呼ばれている都市です。
しかし南下してきたスラブ人に追われ、現在のスプリット旧市街に7世紀ごろ住み着いたそうです。
1950年まで地下はゴミの山で、遺産価値に気づいてゴミは撤去されました。
中に入ると、柱は石ですが、天井は石灰石、水、卵白を混ぜて作られています。
セメントみたいですね。
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ブラチ(Brač)島の石材が主に使われています。
この島の石材は、イスタンブール アヤソフィア宮殿などにも利用されています。
スプリットは3世紀頃はギリシャ人の支配下にあり、エニシダを植えていました。
エニシダを今も再生して植えています。
ギリシャ人はエニシダの事を当時、アスパラトスと言っていて、その後、ローマ人がスパルトと言い、スラブ人がスプリットと言うようになったのが、街の名前の起源です。
旧市街に入ると硫黄の匂いが漂ってきます。温泉もあります。
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[旧市硫黄温泉]
ディオクレティアヌス帝は、自分の出身に近く、温泉がわいたこの地を終の住処に選びましました。
共和国広場は、向かって左はベルビューホテル、右は飲食店、語学学校があります。日本語も教えているそうです。
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[共和国広場]
旧市硫黄温泉の隣に魚市場があります。魚は蝿がたかりますが、蝿は硫黄が嫌いなため、隣にあります。
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[魚市場]
ナロドニ広場は別名、人民広場とも言い、旧市庁舎があります。
ナロドニとは英語でナショナル、国民と言う意味です。
クロアチアで有名な、aquaブランドのショップもあります。
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[ナロドニ広場]
このあたりは民宿(Sobe)も多くあります。
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[Sobeには必ず青い看板が掲げられています]
旧市街の人口は10世紀には6000人いましたが、いまは600人しかいないそうです。
旧市庁舎はゴシック様式で、先の尖ったポインテッドアーチがゴシックを表しています。
路地にはベネチア共和国だった名残か、外観にこだわるイタリアンな店が多く、眼鏡屋なども見られます。
四つの門のうち、金の門がもっとも重要です。なぜなら追われた地であるサロナに続く門だからです。
金の門を見ると、二重の門になっています。敵が第一関門を突破したら、門の中に閉じ込めて、熱したオリーブ油をかけて撃退したそうです。
大聖堂は高さ60m、180段の階段があり、13-15世紀に出来ました。
登ってみましたよ!
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[大聖堂]
ディオクレティアヌス帝はエジプトを統治していたこともあり、エジプトが好きで、大理石と12体の3500年前のスフィンクスを置いていました。
しかし、キリスト教を迫害した最後の帝王だったディオクレティアヌス亡き後、人々はディオクレティアヌスに怒りを表し、スフィンクスなどを埋めてしまいました。
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[大聖堂からの眺め(旧市街地方面)]
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[大聖堂からの眺め(新市街方面)]
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[大聖堂からの眺め(港方面)]
皇帝のテラス前は、皇帝や貴族が食事をする場になっていて、テーブルが丸かったため、今でもその面影を残しています。
食べすぎてはもどして、また食べてを繰り返したそうです。
現在、旧市街の土地は国所有、家は個人所有が多いです。
20世紀はスラム街になっていて、貧しい人が住むエリアとのことですが、州は家の買い上げに興味ないため、個人所有が残っています。
第二次世界大戦の時、ドイツ軍が爆弾しました。その際、アメリカの攻撃にあい、皇帝のテラスのあたりは破壊されています。
皇帝のテラスのあたりは東西に、皇帝のお散歩コースになっていました。

しかし、4世紀に作られた42の窓は健在です。
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4世紀に作られた窓枠はとてもしっかりしていて、14世紀に作られた石積みと比較しても、しっかりしています。
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地震がある国ですが、地震で崩れた後、窓を再建しました。
洗礼堂は、元々はモザイク画、金、色ガラスで装飾され、ディオクレティアヌス帝は自身をユピテル、英語でいうとジュピターになぞらえました。ジュピターは、ゼウスであり、太陽神です。洗礼堂から差し込む光で自身を照らして神格化したのでしょうか?
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[洗礼堂]
洗礼堂内では、ちょうど歌い手さんが合唱していました。
CDを売っていました。
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旧市街散策は、歴史を感じられてとても良いですね。
posted by jouji117 at 12:33| 香川 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月30日

ドブロヴニクからドゥゴポリエ(Dugopolje)へ

ドブロヴニク観光を終えて、バスに乗って今晩の宿があるドゥゴポリエに向かいます。
ドゥゴポリエはスプリトの郊外にあります。

また、ボスニア・ヘルツェゴビナ ネウム経由で再びクロアチアへ。

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[国境検問所]

アドリア海は本当に綺麗ですね。
でも、いつも見慣れている瀬戸内海みたいだ。。。

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[アドリア海と島々]

ネトレヴァ川沿いの街 コミン(Komin)はとても綺麗です。
運河にもなっていて、多くの船が行きかっていました。

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[Kominの街]

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[十字架とカルスト台地]

スプリトで夕食をいただき、スプリトからドゥゴポリエに向かいます。
途中、ディオクレティアヌス水道橋(Diocletian aqueduct)があります。
ローマ帝国時代に建設され、スプリトのディオクレティアヌス宮殿に水を供給していました。

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[ディオクレティアヌス水道橋(Diocletian aqueduct)]

スプリトからドゥゴポリエに向かう途中に、山の中腹に大きなクリス要塞があります。
遺跡だらけですね。

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[クリス要塞]

ドゥゴポリエ(Dugopolje)に到着。今晩の宿は、カトリーナホテル。
なんか、突貫工事で建てたオフィスビルを、ビジネスホテルに無理やり改修したようなホテルでした。
ホテル内に水を売っていないので、非常に困りました。

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[今晩の宿 カトリーナホテルにはテスラの給電施設があります]
posted by jouji117 at 22:00| 香川 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クロアチア・スプリト(Split)・Velo Misto

ドブロヴニクから、歴史ある街、スプリトに移動。

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スプリトで有名なレストランで今日の夕食です。

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ここはハーバーが目の前にあって、なかなかおしゃれなレストラン。

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ムール貝とエビのリゾットは、やや塩辛く濃い味付けながらも、旨さが凝縮されていてオススメです。

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クレープも甘さ控えめでおいしいです。

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ちょうど船を海に下ろす作業が始まっていました。

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posted by jouji117 at 20:28| 香川 ☀| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クロアチア・ドブロヴニク(Dubrovnik)・Dundo Maroje

路地裏にある、おしゃれなレストランでランチ。

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リーズナブルで美味しい店でした。

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クロアチアのレストランでの頼み方の流れはだいたい以下の通りです。
1.人数を言って、空きを確認する。
2.テーブルにつく
3.テーブル担当の顔を覚える(各テーブルに係がいることが多いです。小さなレストランだと一人で切り盛りしている場合もあります)
4.まずは飲み物を頼む
5.料理を頼む(このお店は一人一皿でOK、シェアもOKでした)
6.会計はテーブルで行う。ただしクレジットカードなど機械がレジにある場合はレジまで行けと言われる場合もあります。
7.レシートを見て、サービス料が入っていなければ、10%程度をチップで置いて店を出る

現金払いの場合はお釣りからチップを出す場合もあれば、「Keep change」と言っておつりはいらないよ、というケースもあります。
クレジットカード払いの場合は、別途チップのみ現金でテーブルに置いておけばよいでしょう。

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[ボロネーゼ]

コースメニューでも、飲み物付きで160Kn(クーナ)です。

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現在のところ、1クーナ=17円なので、3,000円弱くらい。

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名物のプリンもなかなか美味です。

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確実に太りますな。こりゃ。

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posted by jouji117 at 14:55| 香川 ☀| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クロアチア・ドブロヴニク(Dubrovnik)

私がどうしても行きたかった街、それが、「アドリア海の真珠」と言われるドブロヴニクです。
世界で行きたいところが4か所あり、アンコールワット、ボロブドゥール、ドブロヴニク、マチュピチュなのですが、そのうち3か所(アンコールワット、ボロブドゥール、ドブロヴニク)に行くことが出来ました。

街を一望できるスルジ山からの旧市街の展望は素晴らしく、今日は超晴天。
昨日の大荒れの天気がウソのようです。

時間短縮のため、いつもは歩いて登るところ、ロープウェイを使いました。

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[ロープウェイの駅]

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ロープウェイ頂上の展望台も綺麗なのですが、ロープが邪魔して撮影スポットにはイマイチ。

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[スルジ山の裏側に広がる山々]

向かって右手に進むと、大きな十字架があり、さらにその下の岩場に行くと、絶好の撮影スポットがあります。

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[見たかった景色がこれ。ドブロヴニク旧市街]

素晴らしい!!!
青いアドリア海、青いすんだ空、赤いレンガ屋根のドブロヴニク。白い石灰岩。
どれをとっても超最高です。

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もちろん世界遺産です。

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いつものパノラマで。

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絶景を楽しんだ後、下に降りて、旧市街散策です。

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[このプロチェ門を車が通ります。]


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[城壁で固められたプロチェ門]

昔、都市国家だったドブロヴニクは敵から身を守るため、要塞や城壁を築きました。

クロアチア紛争で、大きくダメージを受け、一時は危機遺産リストに登録されていましたが、いまではほとんど修復されて、昔の綺麗な街並みが再現されています。
なお、クロアチア語で、街のことを「Grad」と呼びます。

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[ダメージを受けた個所を示す地図(左)]

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[中に入っていきます]

とても緻密に組み上げられた壁で圧倒されます。

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ルジャ広場に入り、メインストリートであるプラツァ通りに来ました。
さすがに世界でも有名な世界遺産だけあって、人が多いですね。
でも、ほとんど欧米人です。アジア系やアフリカ系の観光客は珍しいです。

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[プラツァ通り]

市内3か所から城壁の上を歩くコースに入ることができます。
ドブロヴニクの城壁は長さ約2kmで、城壁を歩くと1〜2時間程度の歩きになります。
城壁の上は時計と逆回りにしか進めないそうです。

一人200Kn(約3,400円)の料金がかかるため、かなり高額です。
これは流量制限をしたいという思いからこの料金にしているそうです。
暑かったこともあり、私は行きませんでした。

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[救世主教会の横にある城壁歩きへの入口]

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[救世主教会]

プラツァ通りにあるランドマークは、フランチェスコ会修道院です。
尖塔が立派な修道院です。

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[フランチェスコ会修道院]

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[フランチェスコ会修道院の前にある石段に服を脱いで足をかけると願いがかなうとか]

修道院の中はこんな感じです。
宗教画が多く描かれています。
戦争で多くの建物が被害にあいましたが、見事に復元されていました。
努力のたまものですね。

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目の前には、噴水があります。
みんな水筒に水を汲みに来ていました。

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[オノフリオの噴水]

フランチェスコ会修道院の奥道を入っていくと、世界で3番目に古い薬局があります。
今でも営業しています。

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[薬局への入口]

中は撮影禁止です。

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[薬局]

聖クララ女子修道院の横を通って、セルビア教会の前の通りを歩きます。

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オシャレな店が多くあります。

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ドブロヴニクは坂が多く、絵になりますね。
「魔女の宅急便」のモチーフになった街ともいわれています。

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セルビア教会に到着。猫が番していました。

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セルビア教会内はとてもきらびやかです。

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[セルビア教会]

このあたりの店は、看板も控えめです。

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青空市場に到着。土産物や果物を中心に様々なものが売られていました。

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青空市場から南に向かって、階段を上がっていきます。
バロック式の階段が特徴です。

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階段から下を見下ろすとこんな感じ。

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聖イグナティウス教会前にやってきました。

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[聖イグナティウス教会]

しかし教会だらけですね。

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[聖イグナティウス教会の中]

総督邸を右手に見ながらルジャ広場に戻ってきました。


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[総督邸前]

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[アルセナル]

ルジャ広場には、聖ヴラホ教会があります。

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[聖ヴラホ教会]

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[聖ヴラホ教会の中]

しかし、暑いな。。。

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この後、Dundo Marojeにて、ランチを食べました。ランチは別ブログにて。

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日本語を喋られる店主のいる、刺繡屋Bacanにて買い物をした後、旧港に行きました。

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[旧港から見る聖ルカ要塞と、奥にドミニコ会修道院]

大阪のオバチャン顔負けの虎柄の観光客を発見。

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旧港は今でも利用されていて、多くの船が係留されていました。
沖合にあるヌーディストビーチで有名なロクロム島への船もここから出ています。

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聖イヴァン要塞まで足を運んでみました。
ドブロヴニクの東端にあたります。

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[聖イヴァン要塞]

聖イヴァン要塞前の海では多くの人が泳いでいました。
海パン持ってくればよかった。

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再び、プラツァ通りに戻ります。

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[プラツァ通り]

Sladoledranaというアイス屋さんがあって多くの人が集まっていたので、私も買いました。
とても美味しいです。クロアチアではアイスをよく食べましたが、外れは無いですね。

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西端のピレ門をくぐると、ボカール要塞が見えます。
下では多くの人がシーカヤックを楽しんでいました。

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[ボカール要塞]

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[ボカール要塞]

好天にも恵まれ、世界遺産の街で素晴らしい散策をすることができました。
posted by jouji117 at 10:12| 香川 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする